大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成7年(う)338号 判決 1995年9月01日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入する。

理由

(本件控訴の趣意および答弁)

本件控訴の趣意は、弁護人上坂明および崔信義共同作成の控訴趣意書および控訴趣意書(補充書)記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官東巖作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

(控訴趣意中、刑事訴訟法三七八条三号の事由および訴訟手続きの法令違反の主張について)

論旨は、原判示第一の事実に対応する公訴事実(以下、本件公訴事実という)は、当初、傷害、窃盗の訴因であったのが、原審第一回公判期日において、本件公訴事実の記載された起訴状の朗読後、被告事件に対する被告人の意見陳述の前に、原裁判所が、検察官に対し、本件公訴事実の傷害と窃盗との関係を明らかにするよう釈明命令を発し(以下、本件求釈明という)、これを受けて、検察官が、本件公訴事実の訴因および罰条を、傷害、窃盗から強盗致傷に変更する旨請求し、原裁判所は、右変更請求を許可して、変更された訴因について審理し判決したものであるところ、本件求釈明は、起訴状の記載に関する求釈明の範囲を逸脱し、かつ、本件公訴事実の訴因を被告人に不利益な強盗致傷に変更するよう示唆する被告人にとって不公平なものであって、違法であるうえ、検察官は、強盗致傷の訴因で起訴できるだけの証拠を収集していながら、敢えて法定刑の軽い傷害、窃盗の訴因で起訴したものであり、被告人の地位の安定を考慮すると、このような場合は、新たに重要な証拠を発見した場合に限り、法定刑の重い訴因に変更請求できると解すべきであるから、本件のような訴因変更請求は違法であり、これを許可した原審の訴訟手続きには判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があり、かつ、本件訴因変更許可決定も違法無効であるから、強盗致傷の訴因について審理判決した原判決は、審判の請求を受けない事件について判決した違法がある、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件訴因変更に至る経緯は以下のとおりであることが認められる(本項においては、本件公訴事実に関する事項のみ記載し、原判示第二の事実に関する事項は記載しない)。

被告人は、原判示第一の事実の被害者である甲野春子に対する強盗致傷罪を犯したとして逮捕勾留された後、右被疑事実と同一の日時場所における同女に対する傷害(公訴事実第一)と窃盗(公訴事実第二)の罪を犯したとして公訴を提起され、右被告事件は単独体の審理に付された。起訴状に記載された本件公訴事実は別紙のとおりであり、起訴状には、傷害の動機が記載されていなかったところ、原審第一回公判期日において、起訴状の朗読後、被告事件に対する被告人の意見陳述の前に、原裁判所は、検察官に対し、本件公訴事実のうち傷害について動機が記載されていないこととの関連において、傷害と窃盗との関係を明らかにするよう釈明命令を発した。これに対し、弁護人は、同公判期日において、右釈明命令は、検察官に強盗致傷への訴因変更を促すもので違法である旨の異議を申し立てたが棄却され、検察官は、第二回公判期日の二日前に、本件公訴事実の訴因および罰条を、傷害、窃盗から強盗致傷に変更する旨の訴因・罰条変更請求書を提出した。右変更請求に対し、弁護人は、第二回公判期日から第四回公判期日にかけて、右変更請求が許されないという内容の意見書四通を提出するなどしたが、第四回公判期日の後、右被告事件は合議体で審理する旨決定され、第五回公判期日において、原裁判所は右変更請求を許可し、右変更請求書の朗読後、訴因変更後の被告事件について被告人および主任弁護人が意見を陳述した。

右のとおり、本件求釈明は、本件公訴事実の傷害と窃盗との関係を明らかにするよう求めるものであり、それ自体は、訴因を傷害、窃盗から強盗致傷に変更するよう促すものではない。しかし、本件訴因変更に至る経過および本件訴因変更許可決定に照らせば、本件求釈明は、被告人らが、甲野に対し、現金等在中のボストンバッグを窃取するために暴行を加えて傷害を負わせたとして起訴されたものか、あるいは、何らかの別の動機により暴行を加え、その際、たまたまボストンバッグを窃取したものであるとして起訴されたものであるかを検察官に釈明させようとしたものであり、もしも、被告人らの暴行がボストンバッグの窃取を目的としたものとして起訴されたとすれば、公訴事実記載の暴行態様および傷害程度に照らし、訴因を傷害、窃盗としたまま公訴を維持するのが相当か否かについて、検察官に検討を求める意図のもとになされたものと解されるところ、本件求釈明が契機となって本件訴因変更請求がなされたことが窺われるから、まず、本件求釈明が違法であるとの主張について検討する。

所論は、起訴状の記載についての求釈明は、訴因の明示を欠く場合に、被告人に対し防御権行使の機会を与え、争点を明確にするためのものであるから、釈明の対象となる事項も、被告人の防御権と争点の明確化という観点から画されるうえ、起訴状の記載に関する求釈明は冒頭手続きの中で行われ、引き続いて検察官の冒頭陳述が予定されているから、その冒頭陳述において明らかにされる事項は、この釈明中で処理する必要性に乏しく、この釈明で処理するのは、被告人が認否をするのに必要または有益な事項に限られるにもかかわらず、本件求釈明は、右の事項を超えている、というのである。しかし、もともと刑事訴訟規則二〇八条一項は、裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に対し釈明を求めることができるとしているうえ、所論のいうように起訴状の記載に関する求釈明事項は、被告人が被告事件について陳述するのに必要または有益な事項に限られるとしても、本件求釈明が右の事項を超えてなされているとはいえない。すなわち、同じ有形力の行使であっても、それが殺意をもって行われたものか、強盗の目的で行われたものか、暴行・傷害の目的で行われたものかによって、訴因の構成がかわるうえ、被告人が被告事件について陳述する場合、被告人がとった客観的行為自体に関する限り、訴因が何であるかによって、その陳述内容が異なることはない筈であるが、現実には、訴因が法定刑の重いものであるか軽いものであるかによって、陳述内容が異なることは往々経験するところである。現に、被告人は、原審第五回公判期日において、訴因が強盗致傷に変更された後の本件公訴事実について、「手拳で顔面等を二回殴ったことがあるだけです。頸部を左手で掴んだことはありますが、両手で掴んで締めつけることはしていません。その余の事実は間違いありません」と陳述し、公訴事実の一部を否認しているのであるが、仮に訴因が変更されていなければ、本件公訴事実は全部認めるつもりでいた旨当審公判において供述している。しかも、公判での被告人の陳述は証拠となるから、本件求釈明がされないまま、被告人が、本件公訴事実は全部間違いない旨陳述した後に、検察官の冒頭陳述により、甲野に対する暴行の動機がボストンバッグの窃取にあったことが明らかにされ、あるいは証拠調べが進んだ段階で、訴因が強盗致傷に変更されれば、被告事件についての被告人の陳述は、強盗の手段である暴行の自白として取り扱われることになり、この訴因変更を機に、この部分の陳述を変更したとしても、先にした陳述の影響は残存し、信用性に影響を及ぼすから、これが被告人にとって不利益になることは明白である。従って、本件求釈明は、被告人が被告事件について陳述するのに必要かつ有益な事項についてなされたものというべきである。

所論は、本件求釈明をするとしても、被告事件に対する被告人の陳述の前ではなく、検察官の冒頭陳述の後に行うべきである旨主張するのであるが、そうしなければ違法・不当であるといわざるをえないような理由は認められないうえ、右に説示したところから明らかなように、本件求釈明が検察官の冒頭陳述の後ではなく、被告事件に対する被告人の陳述よりも前に行う方が相当であったというべきである。

所論は、訴因変更前の本件公訴事実は、強盗致傷罪の一部を起訴したものであり、これは、被告人の犯行について、検察官が、強盗の部分を不起訴にし、傷害と窃盗の訴因により刑事責任を問おうとしたものにほかならないにもかかわらず、裁判所が、釈明命令を発して、強盗致傷への訴因変更を促すような訴訟指揮をすることは、起訴便宜主義の制度に反しており、かつ、検察官の訴因設定権限に不当に干渉するものである旨主張する。しかし、原審で取り調べた証拠、特に被告人および乙山秋子の各供述調書にかんがみると、検察官は、本件訴因変更の有無にかかわらず、起訴の当初から、被告人らが、ボストンバッグを窃取するために、甲野に対し別紙記載の暴行を加えて傷害を負わせたことを証明しようとしていたことが窺われ、起訴状に記載された右暴行態様および傷害程度に照らせば、被告人らが加えた暴行は、被害者の反抗を抑圧するに足りる程度に達していたと評価できることに照らすと、本件公訴事実の訴因は傷害と窃盗であり、起訴状には、傷害の動機や暴行により被害者の反抗を抑圧した旨の記載がないものの、検察官は、強盗致傷に該当する事実そのものを審判の対象とし、ただ法律構成を傷害と窃盗の訴因にとどめたというべきである。それはさておき、検察官は、起訴を独占しており、起訴不起訴の決定および訴因の設定について裁量権を有しているのであるが、検察官の訴因設定権限について、裁判所が全く関与できないというものではなく、刑事訴訟法が、事案の真相を明らかにすることをその目的として掲げていること(同法一条)、裁判所が訴因変更を命令することができる旨定めていること(同法三一二条二項)などにかんがみると、裁判所は、訴因の相当性について疑問を抱いたときは、適宜、検察官に対し、釈明を求めたり、訴因変更の勧告や命令をするなどして、不当な訴因のまま漫然と審判することのないようにすべきことが法律上求められているのであり、しかも、本件求釈明は、本件公訴事実の傷害と窃盗との関係を明らかにするよう求めるものであり、検察官の釈明内容によっては、当初の訴因のまま審理が進められるのであって、それ自体は、訴因変更を促すものですらないのであるから、何ら起訴便宜主義に反するものではなく、検察官の訴因設定権限に不当に干渉するものでもない。

所論は、本件求釈明が、法定刑の重い訴因への変更を示唆するもりであり、被告人に不利益なものであって、被告人に不公平な措置であると主張するのであるが、裁判所は、訴因と実体とが乖離しており、これを一致させるのが相当であると認めるときは、実体に沿う訴因への変更を勧告ないし命令することができると解されるところ、そのうち法定刑の同等ないし軽い方への訴因の変更を勧告ないし命令することは許されるが、重い方への訴因の変更を勧告ないし命令することが禁じられているとまでは解せられないうえ、本件求釈明それ自体は、既に説示したとおり、訴因変更を示唆するものではなく、本件公訴事実の傷害と窃盗との関係の検討を委ねたにすぎず、本件求釈明がされた時点では、審理を担当した裁判官は、検察官が、どのような証拠に基づいて起訴したかを知らないのであるから、求釈明の結果、訴因の変更請求がされることになるのか、あるいは当初の訴因のまま審理を進めることになるのかは、裁判官にとって不明であったと認められるから、本件求釈明が被告人に不公平な措置であるということはできない。

なお、所論は、本件求釈明は、証拠調べに入る前にされているが、これは、証拠調べをする前に裁判官が強盗致傷ではないかという心証を持ったということにほかならず、これは、起訴状一本主義が、裁判官に白紙の状態で実体審理に臨むことを要求していることに反しているうえ、本件訴因変更許可決定は、本件が強盗致傷罪が成立する事案であれば、本件求釈明をするのは当然であり、訴因変更を許可すべきであるとしており、逆にいえば、本件が強盗致傷罪が成立しない事案であれば、本件求釈明および訴因変更許可決定は違法であることになるから、原裁判所としては、本件求釈明および訴因変更許可決定につき適法の評価を受けるためには、強盗致傷罪が成立しなければならないところ、このことは、本件求釈明をし訴因変更許可決定をした時点で、証拠調べをしていないにもかかわらず、強盗致傷罪の成立を認める方向で、裁判所の心証が形成されていたと疑うに十分であるから、予断排除の原則に抵触している、というのである。ところで、いわゆる起訴状一本主義は、裁判官に白紙の状態で実体審理に臨むことを要求しているものであるが、公訴提起後公判期日が開かれるまでの間、裁判官に対し何の準備もしないことを要求しているものではなく、この間に、裁判官が、起訴状の記載について、刑事訴訟法三三九条一項二号の事由の有無はもとより、犯罪構成要件事実の記載洩れや明白な誤記、罰条の誤りの有無等を点検し、釈明を求める必要があるか否かを検討するのは当然のことであり、本件訴因変更許可決定は、起訴状の記載についての検討の結果、同一の日時場所における、動機の記載されていない傷害とひったくり窃盗という公訴事実の記載自体から、傷害罪と窃盗罪の二罪が成立する事案であるのか、あるいは強盗致傷罪が成立する事案であるのかという疑義が生じるところ、その疑義を解消するために本件求釈明をするのは当然であるという、まことに文字どおり当然のことを説示しているのであり、訴因変更請求についても、検察官が訴訟上の権利を濫用したものではないから、訴因変更を許可すべきであるとしているのであって、これも当然のことを説示しているのである(変更前の訴因と変更後の訴因との間に公訴事実の同一性があることは明白である)。右のとおり、本件訴因変更許可決定は、法理上当然のことを説示しているのであって、同決定の時点において、証拠調べをしていないにもかかわらず、原裁判所の心証が、強盗致傷罪の成立を認める方向で形成されていたことを疑わせるような事情は何ら存しないから、原裁判所ないし裁判官が、起訴状一本主義や予断排除の原則に反していないことは明らかである。

次に、本件訴因変更請求が違法であるとの所論について検討する。

本件訴因変更に至る経緯に照らせば、所論指摘のとおり、検察官は、当初から法定刑の重い強盗致傷罪で起訴できるだけの証拠を有していたにもかかわらず、法定刑の軽い傷害罪と窃盗罪で起訴したものであり、新たな証拠を発見したから本件訴因変更請求をしたものではないことが認められる。しかし、訴因変更に関して規定する刑事訴訟法三一二条は、訴因変更について、公訴事実の同一性を要件とするほかは、何らの要件をも規定していないのであるから、刑の軽い訴因を刑の重い訴因に変更することを、法は禁止していないと解するのが相当であり、所論主張のように公訴取消後の再訴追制限の問題に準じて、新たに重要な証拠を発見した場合に限り、重い訴因に変更請求できると解するのは相当でない。もっとも、当初の訴因をめぐって審理が進められ、被告人側が当該訴因に対し防御活動を尽くしており、訴因変更を許可すれば、被告人の防御活動の観点からも著しく不利益である場合や、検察官が、殊更刑の軽い訴因で起訴し、被告人側が格段の反証活動をすることなく証拠調べが進行した場合において、それまでの証拠調べの結果を利用する意図のもとに刑の重い訴因に変更請求する場合等においては、訴因変更請求が、訴訟上の権利の濫用として許されない場合もあると考えられるが、本件は、起訴状の朗読がされただけで、まだ被告事件に対する被告人の陳述もされておらず、証拠調べも全くされていない段階での訴因変更請求であり、これを許可しても、被告人の防御活動に何ら支障を来さないのであるから、訴訟上の権利の濫用として変更請求が許されない場合に当たらないというべきである。

従って、本件訴因変更請求および訴因変更許可決定に所論の違法はない。

以上説示したとおり、原審の訴訟手続きに所論の法令違反はなく、原判決は審判の請求を受けない事件について判決したものには当たらない。論旨は理由がない。

(控訴趣意中、事実誤認の主張について)

論旨は、原判示第一の事実につき、原判決は、被害者甲野春子の供述に基づき、被告人の暴行の態様および程度を認定しているが、甲野は、被告人の暴行について明確には記憶しておらず、その供述は、一貫性がなく具体性にも欠けているうえ、被告人と甲野とがもみ合っている状況の一部始終を、そのすぐそばで客観的かつ冷静に見ていた乙山秋子の供述とも食い違っているから、甲野の供述については、その信用性を十分確認すべきであるにもかかわらず、そのような検討もせず、合理的な理由も示さずに、その信用性を肯定して、同女の供述に基づき、被告人が、甲野の顔面を手拳で五、六回相当強く殴打し、その頸部を両手で掴んで締めつけるなどの暴行を加えた旨認定した原判決は事実を誤認したものであり、また、甲野が負った傷害のうち歯の破損以外の傷は、強盗致傷罪における傷害とはいえない軽傷であるうえ、同女の歯が破損したのは、被告人が、髪の毛を甲野に掴まれたことから、それを振りほどこうとしてやむをえず行った行為によるものであり、かつ、その歯が失活歯であったことも一因であるから、強盗罪における暴行により生じた傷害ではない、従って、同女が負った傷害は強盗致傷罪における傷害とはいえないにもかかわらず、強盗致傷罪を認定した点においても原判決は事実を誤認したものであり、これらの事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、原判決の事実認定は、その「事実認定の補足説明―判示第一の事実について」の項において認定説示するところも含めて正当として是認することができる。付言するに、所論は、甲野の供述が信用できない理由の一つとして、乙山の供述と食い違っていることをあげているところ、乙山は、原審公判において、被告人が、甲野に近付き同女に暴行を加え、ボストンバッグをひったくって取るところまで見ていた旨供述しているのであるが、捜査段階では、被告人が、甲野に近付き、同女を二、三回足蹴にし、手拳で一回殴打するところまで見たが、その後は、単車を起こして逃げ出す準備をしていたので、被告人が、甲野にどのような暴行を加え、どういうふうにしてボストンバッグをひったくったのかは見ていない旨供述していること(乙山の検察官調書の謄本〔標目番号55〕)、乙山は、原審公判においては、原審第五回公判期日での被告人の陳述内容に沿う供述をしているのであるが、捜査段階では、そのような供述をしていないことに照らすと、被告人が甲野に暴行を加えボストンバッグをひったくるまでの一部始終を乙山が見ていたとは認められないうえ、乙山は、被告人と同棲しており、本件の共犯者であって、関係証拠によれば、被告人が甲野に暴行を加え始めてから後は、倒れた単車を起こし、エンジンをかけるなど逃げ出す準備をしていたことが認められるから、被告人が甲野に暴行を加えている状況を、客観的かつ冷静に見ることができたとは到底認められない。従って、甲野の供述が乙山の供述と食い違っていても、そのことによって、甲野の供述の信用性が左右されるものではない。そして、原判決は、甲野の供述を写真撮影報告書(標目番号12)や診断書(標目番号10、11)等と対照して、その信用性を検討し、これを肯定しているのであって、その理由も適切に説示しているところ、関係証拠によれば、原判決が認定した事実は優に認めることができる。

なお、所論は、甲野の歯の破損は、強盗罪における暴行により生じた傷害ではない旨主張するのであるが、右主張は、同女の歯は、顔面を殴打されたために破損したことを前提としているところ、被告人が甲野の顔面を殴打したのは、所論主張のように、髪の毛を掴まれたことからやむをえずしたものであるとしても、それは、ボストンバッグを奪う意図のもとに同女に暴行を加えている際に、その抵抗を排除するために行ったものであるから、強盗の手段としての暴行そのものであり、同女の歯が、所論のいう失活歯であったとしても、それが破損したのは、右暴行によるのであるから、強盗罪における暴行により生じた傷害にほかならない。そして、甲野が受けたその余の傷害も、被告人らの強盗の手段としての暴行により生じたものであるから、いずれも強盗致傷罪における傷害であることは明白である。

以上説示したとおり、原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

(控訴趣意中、量刑不当の主張について)

論旨は、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討する。

本件は、深夜、一人で通行している女性を狙って、共犯者とともに、ひったくり窃盗(原判示第二)と強盗致傷(原判示第一)とを約二〇分の間に連続して行ったという悪質な事案である。その手口は、被告人が共犯者を単車の後部に乗せて走行し、自転車に乗った被害者に接近して金品をひったくり(原判示第二)あるいはひったくろうとした(原判示第一)もので、原判決が説示するとおり危険な犯行である。特に、原判示第一の犯行は、ひったくりに失敗するや、単車から降りて、被害者に対し原判示のとおり執拗な暴行を加えて金品を強取し、被害者に重傷を負わせたものであって、まことに執拗かつ危険な犯行であり、結果も重大である。被告人らは、ひったくりをするのに適当な女性を単車に乗って探し回り、本件犯行に及んだもので、計画的な犯行であって、この種の犯行が社会に与える不安も大きいものがあるというべきであり、動機に同情すべき点もない。しかも、被告人は、本件各犯行を主導し、原判示第一の犯行においても、被害者に対し執拗な暴行を加えたものであって、これらの点を総合すると、被告人の責任は重いというべきである。

従って、本件の各被害者に対し被害弁償がされていること、原判示第二の被害者が被告人を宥如していること、原判示第一の被害者は、原審公判において厳重な処罰を求める供述をしてはいるものの、右供述をする以前は、示談書および嘆願書の作成に応じていること、被告人が本件各犯行当時未成年であったこと、被告人の反省状況、被告人の父親や職場の上司による被告人の監督が期待できること、被告人の家庭状況等、所論指摘の被告人のために斟酌すべき事情を十分考慮しても、被告人の責任の重さにかんがみると、刑の酌量減軽したうえで、被告人を懲役四年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

(結論)

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における未決勾留日数の算入につき、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官朝岡智幸 裁判官楢崎康英 裁判官笹野明義)

(別紙)

本件公訴事実(訴因変更前のもの)

被告人は、乙山秋子と共謀のうえ、

第一 平成六年四月二一日午後一一時二〇分ころ、大阪市平野区喜連東五丁目一六番三七号付近道路において、右乙山が、通行中の甲野春子(当時二四年)に対し、その右大腿部付近を一回足蹴にし、被告人が、転倒した同女に対し、その腰部、肩部等を数回足蹴にし、手拳でその顔面等を数回殴打し、さらに、同女の首を両手でつかんで締めつけるなどの暴行を加え、よって、同女に対し、加療約二ないし三か月間を要する左上中切歯等外傷性打撲、左上中切歯歯冠部破損、頭部・額面打撲、腰部打撲、左第三指両下肢挫傷の傷害を負わせ

第二 前記日時場所において、被告人が、右甲野から、同女所有に係る現金約一万九〇〇〇円および財布一個等二三点在中のボストンバッグ一個(物品時価合計約一一万円相当)をひったくって窃取し

たものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例